群馬県境 第21回 (長野県境) 2018 5/26(土)

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群馬県境を歩くシリーズの第21回目は中々興味深いエリアそしてルートとなりました。 行政区分でいえば群馬県南牧村と長野県佐久市となりますが、県境が中央分水嶺を走っていないのです。

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前回、内山峠~荒船山~ローソク岩と走破しましたが、これらのルートは尾根であり中央分水嶺上にありました。

今回もこの続きですので、中央分水嶺に沿って歩けば、ローソク岩~田口峠~霊仙峰(1269m)~小唐沢山(1305

m)~右の耳(仮称)~左の耳(仮称)~横見山(1338m)~余地峠(1269m)となるはずでしたが、実際は全く違う所に

県境が通っておりました。

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ローソク岩から南に派生している尾根が県境になっていて、途中の940m点からは尾根ではなく沢が県境となっておりました。


中央分水嶺の南側の一部がソックリ長野県に取られてしまったような県境となっています。

もしかしたら昔に領地争いがあったのかもしれませんね。

時間があれば調べてみたいと思います。



間坂集落(県道の路肩)(車デポ)(575m)=(車)=田口峠東の駐車場(車デポ)(1065m)(7:30発)=田口峠(1100m)(7:40)~

三角点分岐~1263m峰~兜岩山分岐(9:15)~ローソク岩(P3・大ローソク1380m)(9:35 9:45)~急峻なルンゼ状の下り

(9:55)~鞍部~1275m峰(10:15)~林道(お地蔵さん)(10:55 11:10)~尾根~955m峰~小ピーク・尾根の分岐(沢の源頭

940m点)(11:35)~(炭焼き窯跡)(11:55)~沢~右岸に大岩壁~<林道>~二俣~<林道>~間坂集落(県道の路肩)

(13:00着)=(車)=田口峠東の駐車場(車回収・解散)



県境歩きの先達・樺沢氏はこのレグを、「間坂~ローソク岩」へと登りで走破しましたが、私達は下りにした方が体力的に楽であると「ローソク岩~間坂」と致しました。

その結果は登り315m、下り805mの絶対標高差となり、合計タイム5時間30分で走破する事ができました。

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季節は折しも新緑の盛り、緑とヤマツツジが見事でした。

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田口峠~ローソク岩までは登山道があり問題ありませんでした。

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ローソク岩への登頂は岩が脆く危険なので諦めました。

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さて、ここからが県境歩きです。

最初の下りは、左側は断崖ですが藪もなく大変歩き易い尾根でした。



5分も下ると尾根上に岩峰が現れ行く手をふさいでおりました。

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岩峰の基部左はスパッと切れた断崖で無理、右側は小尾根状とその間にドロのルンゼ、かなり急ですが慎重にユックリとクライムダウン。

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ハーネスも付けておりましたので懸垂下降も考えましたが、Aさんはクライムダウンが上手なのでフリーで一歩一歩確実におりました。


ルンゼの下まで降りて、後はトラバース気味にコルへと降りる事ができました。

やれやれこれで一安心です。



結果的には、全ルート中で危ない箇所はこのルンゼの下りだけでした。

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ルートファインディング的には、だだっ広い尾根・山腹、直角に曲がる尾根、そして尾根から沢への下降など結構複雑でしたが、判断が難しそうな箇所ではGPSで最終確認を行いました。

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沢以外はおおむねGPSの電波が届きました。

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便利な道具ができたもんですね。

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沢の下降も倒木は結構ありましたが、高巻きをしなければならないような大きな滝はありませんでした。

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今回は、ルート中で誰にも会いませんでしたが、何となく踏み跡らしきものも有りましたので、少ないですが県境を歩いている方もいる様でした。

Aさん、大変お疲れ様でした。

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さて、次回のこのレグの続きは相当厄介なルートになっています。

「狭岩峡手前のルンゼ~尾根のコル~沢の下降~山腹の登り~急峻な尾根の下降~熊倉沢源頭の沢登り~右の耳」とレグも長く、懸垂下降も十分に考えられます。

次回は50mロープを持参しますが、かなりの覚悟で臨まなけばと考えております。


それでは、お問い合わせ・お申込みをお待ち申し上げております。



PS 間坂集落・馬坂集落の由来と領地の決め方

◆馬坂行政区の沿革

 群馬側の間坂集落は羽沢に属する。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8

 馬坂の沿革は、1893年(明治26年)に南佐久郡臼田村が町制を施行し臼田町となり、その後、1956年(昭和31年)に臼田町と田口青沼村の合併で臼田町の一部となった。

 さらに2005年(平成17)4月の平成の大合併で佐久市、北佐久郡浅科村(五郎兵衛新田所在地)、望月町、南佐久郡臼田町の大合併により、佐久市の一部となっている。


◆日本の民話に出てくる馬坂の名の由来

 馬坂の地名の由来をさがしていたら、興味深い日本民話に出会った。以下がその民話である。
  
 むかしむかし、上州(じょうしゅう→群馬県)と田口(たぐち→長野県佐久市の東)との境(さかい)がはっきりしていなかったころ、田口峠のあたりでは、境をめぐる村人の争いがたえませんでした。

 ある日のこと、田口の若者が山へたきぎを取りに出かけました。

 ところが気がつくと上州との境を越えてしまい、高崎側の農民に取り囲まれてしまいました。

 「盗人だ。ひっとらえろ!」

 高崎の農民たちは若者を捕まえると、高崎の殿さまの前に突き出しました。

 若者は、まっ青になって、「許してくれ。決して盗人でねえ。知らないうちに、入ってしまったんだ」と、説明したのですが、だれも信じてくれません。

 ところが、この高崎の殿さまは心の広い人で、農民たちと若者の話をじっくり聞いた上で、こう言いました。

 「若者よ、お前もうかつだったが、こちらも早合点したようだ。これは田口との境がはっきりしないためだ。これを機に境を決めよう」 それから三日後、田口の殿さまと高崎の殿さまが、同じ時間に城を出て峠に向かい、出会ったところを境にしようと決めたのです。

 これには、田口の殿さまも賛成です。

 気の早い田口の殿さまは、さっそく準備を始めました。

 そしていよいよ、当日の朝。

 早くに目覚めた田口の殿さまは、時間が来ると家来を従えて馬に乗って峠へと急ぎました。

 一方、高崎の殿さまは、家来の者が急がすのもかまわず、まるで散歩のような気分で牛の背に乗って出かけたのです。

 馬と牛とでは、速さが違います。

 高崎の殿さまがやっと峠の坂道に差しかかったときには、すでに田口の殿さまの行列がやってきていました。

 「ぬかった! まさか馬で来て、こんなとこで行き逢うとは」

 高崎の殿さまは、自分ののんきさを悔やみましたが、いまさら仕方ありません。

 こうして二人の殿さまが出会った場所は、高崎の殿さまの驚きの言葉からとって、『馬坂(まさか)の行逢坂(ゆきあいざか)』と名づけられたそうです。

 そしてそれ以来、境界争いはなくなったそうです。

出典:日本民話 http://hukumusume.com/douwa/pc/minwa/05/15b.htm




登山教室 「山旅クラブ」

富澤光弘 <日本山岳ガイド協会 認定 山岳ガイド I >




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